slingの健康日記

体と心の健康、たまに海外出張

大昔の話

大昔の話である。
 大店での丁稚奉公先の年季が明け、いよいよ小さな店の手代として江戸に戻ったときのこと。小さな店であるから最初の頃は資金繰りも苦しいうえに、商売の機械も古くてあまり繁盛もせず、当然のように困っていた。周りの人たちに、新天地(新しい店)に来たのだからいろいろ、新しい方面で金子を見つけなければならぬことは当然でそれも修行のうち、と言われ、方々に金策に回った。その結果、なんと千両もの大金を出してくれる大店が、遥か西の方に見つかった。今でも感謝している。
 とは言え、当時、江戸で流行り始めていた南蛮渡来の新しい機械を入れ替えるには、もう千両必要だった。しかしこれも横丁に住んでいて自分とほぼ同じくらいの年の、岡田さんと言う人が、同業の座に入れてくれ、この座からも千両を調達でき、その上、店の建物の修繕普請までお願い出来ることになった。二千両の大金を得たslingは、またいろいろ探し回って、昔、同じ大店で小僧をして今はslingと同じく江戸で小さな店の手代となっている尾西さんが、燃料の要らない新しい機械を買ったと聞いて、実際に見に行き、これは使えると確信した。既にいろいろなところで売っているものであったけれど、これも大店出身で山の上に長らく棲んでいたが今は小さな店を起こしている老比丘尼が居て、そこから買うとたいそう安い、と言うことまで聞いた。
 その老比丘尼は交渉術に長け、これまで南蛮渡来の機械をいくつも売っている。ただ、渡来品であるため機械を納めるのに何年もかかるのだと。slingの居たところは小さな店と言っても番頭はしっかり居て、その番頭に機械を目通りさせなければお金は払えない。そこで、まず、新しい機械の張りぼてを入れさせ、まず岡田さんのお金を支払い、次に張りぼてを送り返し、中身の入った機械を待って、最終的に西の大店のお金を払えば良い。そんな算段をこさえているときのことだった。
 店に良く出入りしている御用聞きが二人連れでやってきて「slingさんは大きな機械を買われようとしているようで」と切り出した。どっから聞き出したのか驚いていると、続けて「うちもこれまで長らくお宅とは取引がありますから、その取引をやらせてはくれませんか?」と来た。書状までこさえて来ているので読ませて貰うと、買うのは別の店の機械で、金額は何と岡田さんのお金の分だけである。このまま頬っ被りをして乗り換えれば、老比丘尼には申し訳ないがお金は半分で済む。一瞬、そんなことも思ったけれど、落ち着いて考えれば、燃料の要らぬ新しい機械が半分のお金で買えるわけがない。そもそも比丘尼が出してきた金額も相場に比べれば半値近いのだ。落ち着きを取り戻したslingはゆっくりと「これまで二か年ほど老比丘尼のお店といろいろ相談いたした結果、こういう取引になりましたので、おいそれと変えるわけには行きません。申し訳ござらぬ」と断った。御用聞きはちょっと残念そうな顔をしたけれどしつこく食い下がることもなく帰って行った。
 その数日後、件の御用聞きが再びやって来て店を止めました、と言う。どうやらクビにされない条件として取引をかっぱらって来いとか言われたのだろう。二の句が継げなかったが、深く礼をして見送った。そうして、結局、新しい機械は何とか無事に入ることになった。あのときもし、寝返っていたらどういうことになったのだろう、と度々思いだしていたが、それから十年ほど過ぎた慶長十一年(うそ)の秋のことである。店の近くの通りに高札が掲げられた、あの御用聞きが居た店が潰れたらしい。それも何やらご法度を犯していたらしく、近くの店からも幾人かしょっ引かれて行くのを見た。幸いなことにきついお叱りか百叩きで放免されたらしく今では何事も無かったかのようにslingに威張り散らしている人も居る。とっぴんぱらりのぷう。